朝青龍

 朝青龍がバッシングの末、引退に追い込まれたのは本当に残念だった。しかも、引退に追い込んだ一翼を担っているマスコミの朝青龍へのバッシングは、辞めてからもまだ続いている。朝青龍が本当に悪党なら協会からの内々の引退勧告に従わなかったはずだ。外国に住んで一生懸命練習することもそこで成功することも大変な苦労だったと思う。海外に留学して学位をとったり仕事をしたりしたことがある者なら、海外でそれなりの成果が得られることはどれほど大変なことかわかるはずだ。朝青龍だって同じはずだ。彼のふてぶてしい態度や自分の好みの顔をしていないだけで、彼を全否定してしまう権利が誰にあるというのだろうか。今まで朝青龍のことが問題になるたびに横綱の品格とか心・技・体という言葉が飛び交うが、心・技・体が備わっているから横綱として勝ち続けることができるのだと思う。心・技・体が備わっていない人間が横綱を続けていられるはずがないのである。先日、バンクーバーでの冬のオリンピックが終わったばかりだが、ジャンプは飛形が点数化される。しかし、結局は遠くまで飛べた選手の飛形点は高くなる。すべてのスポーツの協議中のフォームは記録を出した選手のフォームが模範として体育の教科書に載る。心・技・体の備わっていない人間が横綱になって記録を打ち立てられるほど相撲という競技は甘いのであろうか。こういうと、ある人は相撲は国技だから他のスポーツと一緒にできないというかもしれない。それならなおさらだ。心・技・体が備わっていない人間が記録を打ち立てられるほど日本の相撲界は甘いところなのだろうか。
 相撲は神事の一つだという。土俵には神が宿っているという。朝青龍の相撲はまさに神に奉納するにふさわしいものであった。顔が憎々しげだという理由で横綱の品格を問い続けた人々が圧倒的多数だったということなんだろうか。信じられないことだ。
 


2010/03/15

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