・It's too late.

 ESLの教室で It's too lateというのを習うが、それを実際の生活の場面で強烈に突きつけられた忘れられないことがある。 さかのぼること23年前のことである。当時、私は、オハイオ大学の言語学部大学院修士課程に在学中だった。 すでに中学校の教員になって8年が過ぎ、その事件があった前年の1982年の夏から留学してきていた。 留学後1年が過ぎ、友達もでき大学にも慣れてきていたその時にこの事件は起こった。1983年7月、夏の集中講義も終わったので日本に帰った。 久しぶりの家族との再会を満喫し名残惜しみながら日本からニューヨークのJ.F.ケネディ空港に戻ってきてオハイオコロンバス行きの飛行に乗る時にこの事件は起きた。 ニューヨークからは格安の航空界会社people's express(現在はもうない)に乗る予定であった。people's expressのカウンター前には人がひしめき合って搭乗開始を待っていた。 それもそのはずで、この航空会社はニューヨークとコロンバス間が他の航空会社が200ドルのところを48ドルで乗せていたから人々には人気があった。 そのせいか時間も1時間くらい狂うことはざらにあったが、当時1ドル260円に固定されている中での留学生にはありがたい航空会社であった。
 搭乗時刻になった。天下のJ.F.ケネディ国際空港ともなればたとえ地方路線でも普通きちんとした通路を通って飛行機に乗り込むが、people's expressは違っていた。 外を歩いて飛行機までたどり着く。私は、定刻になってもなかなか搭乗開始が始まらないのでしびれを切らして待っていた。そこへきて突然人が動き出し搭乗が始まった。 私も人の流れに乗って飛行機に乗り込んだ。目的地のコロンバス空港には友達のブルースとジョージが迎えに来ているはずだった。 シートベルトを締め離陸を待っていると、いよいよエンジン音が高まってきて、これから滑走路に向かうものと思われた。パーサーのアナウンスが始まったとたん、私は血の気が引いた。 パーサーは「本日もpeople's expressをご利用下さいましてありがとうございました。当機はセラキュース行きXX便です。」とアナウンスをしたのだ。とんでもない話である。 私は、コロンバスに行くのであってセラキュースなんかに行くのではない。だいたい、わたしはセラキュースがどこにあるのかも知らなかった。 慌ててベルトをはずし、立ち上がって「I want to go to Columbus」と叫んだ。パーサーからは、何の感動も感じられない音調で「It’s too late」と返されてきた。 立ち上がって叫んだ私へ一斉に白い目が向けられた。エンジン音がますます高くなり、しかたなく私は座席に深く沈みこんでしまった。
 まず頭に浮かんだことは、ブルースとジョージのことである。無理やり迎えに来てもらう約束を取り付けた関係で私が予定の飛行機から降りてこなかったとなると信用を失ってしまう。 頭の中がパニック状態になっているときに、隣りに座っていたばりっと制服を着た男の人が声を掛けてきた。 前の座席のポケットにある雑誌を取り出して地図を開いてから、今、飛行機はこう飛んでここにあるセラキュースまで行きますと教えてくれながら、「私は、この飛行機が折り返しニューヨークまで帰る飛行機のキャプテンです。 セラキュースに着いたら、この飛行機から降りないで機内に残っていてください。係の人たちには言っておきます。そして、ニューヨークに戻ったら、みんなが待っているところには並ばないでカウンターの後ろから直接飛行機に乗り込めるようにしてあげます。 今度は間違えないでコロンバスまで行けますから」と言ってきた。夢のような話だった。気持が急に明るくなってブルースやジョージのことはすっかり忘れていた。 そのあと、私がオハイオ大学に留学していて一旦日本に帰ってニューヨークに戻ってきたところだという身の上話をしているうちにセラキュースに着くというアナウンスが入った。 窓の外を見ると真っ暗な中にセラキュースの街の光が見えていた。着陸して私は機内に残った。降りるときに数人の人が「大丈夫よ」とか「落ち着いて」とか「がんばってね」とか私に声をかけながら降りて行った。 アメリカだと思った。声をかけられるたびに恥ずかしさが込み上げてきた。機内清掃の人が乗り込んできてどこを清掃したんだと思う間もなく降りて行った。 帰りの機内でスチュワーデスが「お飲み物は何がいいですか」と聞いてきたので「いらない」と言ったら、「It's on the captain.キャプテンからのおごりです」と言われ、また感激して、コーラを飲むことにした。 あれから26年になるがセラキュースにはまだ一度も行ったことがない。考えてみれば、この親切なキャプテンの住所くらい聞いて親交を深めていればよかったと今になって後悔している。
 ニューヨークに戻ってきた。私は、スチュワーデスに連れられてpeople's expressのカウンターの後ろからコロンバス行きの飛行に乗せてもらった。people's expressのカウンターの前には、人がひしめき合っていた。 この半分も搭乗できないのだろうなと思いながら、カウンターの後ろを通った。飛行機はコロンバスに着いた。自分の目を疑った。驚いたことにそこにブルースとジョージが待っていたのだ。信じられない出来事だった。 people's expressのキャプテンといい、この二人の友人といい、実にすばらしい話が私の前で展開されていた。ブルースとジョージが言うには、「Yoshifumi SATO」という荷物がカウンターを回り続けいるのに、私が一向に現れない。 しょうがないので荷物を取って喫茶室でお茶を飲んでいたという。私がコロンバスに着く当初の予定から実に6時間が過ぎていた。さらにジョージが言った。「今日はヨランダの誕生日なんだ」。 ヨランダとはジョージのガールフレンドで、二人は誕生パーティを予定していた。わたしは平身低頭してあやまった。当然のことながら、この飛行機誤搭乗事件は学科内にまたたく間に広まり、私の友人は社会言語学の時間に先生に暴露してしまった。 なぜ、飛行機に間違って乗ったのかは分からない。アナウンスが聞こえなかったんだろうと言われたが、かなり緊張して聞いていたのでそんなわけはないと言いたいところだが、間違ったことは紛れもない事実である。
 実は、この事件の2ヶ月前の修士課程一年目の終わり5月にもう一つの美しい話があったばかりなのである。その話は次回に譲る。


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