「報道のマジック」
 時々,この国はおかしいと思うことがある.ここ一週間ほどでボーイング787が立て続けにトラブルに見舞われた.そして,米連邦航空局(FAA)が米国の航空会社にボーイング787型機の運航停止を命令したことを受け,国土交通省は17日,日本航空と全日空に対して運航停止を命じる耐空性改善通報を出すと発表した.人の生死にかかわることでも米国が判断しないと日本は判断できないのかとつくづく思ってしまう.釈然としない.
 最近,良くわからないことが二つある.一つは,テレビでことさらのように北朝鮮の貧困と飢えている様子とピョンヤンの作られた豊かさの様子が誇張されて報道されている.テレビは,なぜ,そこまでして他人の国の恥部を報道するのか.それならなぜ,震災で被害にあった人たちが,多数,今だに仮設住宅に住んでいる状況を報道しないで放っておいているのか.中国の貧富の差をことさらのように報道するなら,日本の社会の中で,この仮設住宅に住んでいる人たちが,日本という社会の中でどういう立場にいるのかを語るべきではないのか.よくわからないのである.
 よくわからないことの二つ目は,アメリカ合衆国の銃規制の問題だ.全米ライフル協会が,銃を所持することを詭弁を弄しながら自分たちの正当性を論じていることに対して,日本では,非常に批判的だ.もちろん,銃の規制は当然であり,マスコミの銃規制の論調にもその通りだと思う.問題なのは,ここでも,他人の国の矛盾点を一生懸命になって報道するのだ.ならば,なぜ,日本の原発問題に対して報道は口を閉ざしてしまったのだということを問わないのか.他人の国のことを批判している場合ではないだろう.福島の原発と同じことがもう一回別の原発で起きたらどうするというのだ.広島にも長崎にも原子力爆弾を落とされ,一気に何十万もの人がなくなり,未だに,その後遺症が残っている状態だ.そんな屈辱を受けておきながら,原子力に何のアレルギーも残っていない.これは,まったくわからない.
 この二つの例を称して,ジャーナリストはグローバル社会の中で近隣諸国のことは,その国の問題だけではなく,日本にも関係することになるからだ,と説明するのかもしれない.しかし,そんな説明では,北朝鮮についての報道と中国についての報道だけを取り上げ,自分の国の矛盾点にほおかむりしていることは説明できない.

  


 


2013/1/17

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