「あのころの思い出」
 北海道教育大学にも卒業式が近づいている.1年生のころから自分の周りをうろうろしている学生と別れるとなるとそれなりの感慨を持つ.
ただ,自分の経験を振り返ると学生は教員側が持っているほどの感慨はなく,私の学生時代は,さあ,これから,また新しい世界で生きるんだという気持ちしかなかった.卒業式の日は,教員との思い出はすでに遠い過去の出来事になっていたような気がする.
 しかし,この歳になると後ろにしかない思い出を考えることが多くなって少し気が滅入ってくる.そういえば,私は北海道教育大学を卒業した後,すぐ,札幌市立新琴似中学校に赴任した.当時,大学時代から新卒時代にかけてフォークグループの「かぐやひめ」がブレイクしていた.
大学時代は,何と言っても『神田川』である.「三畳一間の小さな下宿...若かったあの頃 何も怖くなかった...」という同棲している若者をテーマにした歌である.この歌を聞いて同棲することに憧れたのは私だけではなかったと思う.私の部屋は台所だけが付いた5畳半という中途半端な間取りで,当時の学生はテレビや冷蔵庫を持つことなど考えられない時代であった.もちろん同棲している同級生もいた.私も部屋だけは,歌と似ていたが相手がいなかった.
たまに,付き合った子ができても札幌在住で,同棲なんて問題外だった.言い訳じゃないけど,これが標準的な学生の姿だったと思う.務めてすぐに,『なごり雪』と『22歳の別れ』が流行った.『22才の別れ』は自分の学級のテーマ曲にして,生徒と毎朝うたった.みんなよく賛成してくれたものだと思う.
今は,私が知っている歌を学生の前で口ずさんでもほとんど知らないのだが,『なごり雪』は39年過ぎた今でも,現在の学生でも瞬時にわかる.私も大好きな歌で,卒業シーズンにはつい口ずさんでしまう.特に2番の「君の唇が"さようなら"と動くことがこわくて下を向いていた」という歌詞が好きだ.もてなかった私にはグッとくる歌詞だ.
 まあ,当たり前のことだが,仮想の世界や憧れは現実世界とは大きく違う.『神田川』を聞きながら同棲にあこがれていた私はと言うと,結婚と同時に5畳半のバラック造りのアパートから鉄筋の2DKのマンションに住むことになった.
私は,結婚というものは,ミカン箱のテーブルから始めるものだとばかり思っていたから,いきなり鉄筋の2DKにはびっくりした.新婚時代の思い出と言えば,テレビを買わないで毎日よくも話すことがあるかと思うくらい退屈しなかったことだ.こうして,私の『神田川』も『なごり雪』も消えていった.

  


 


2013/3/4

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