パシフィック・コロシアム(バンクーバーの風景)

 女子フィギュアスケートは、19歳の選手二人の4年間の死闘に終止符が打たれて終わった。4年前、年齢制限で出られなかった浅田真央が4年前の宣下通りメダルを取った。本人の希望する金メダルではなかったが、そんなことは二の次にするくらいの価値がある。4年間と一口に言うが、4年もの間、一つのことを目指して、その結果、銀メダルを取ったわけだが、並外れた努力ではできなかったことであろう。当然、からだの重心も変わるし、心の中も変わって行く。その4年間に起きた諸々の変化を乗り越えての銀メダルである。心から敬服する。対する、キムヨナの演技はすばらしかった。彼女が滑り終わった瞬間、浅田真央に期待しながらも、誰しもが彼女の金を疑うものはいなかったはずである。キムヨナ自身にしてもそうだったのではないか。あのいつも感情を外に出さないキムヨナが演技を終わった瞬間にこみ上げてくるものをこらえ切れなかったのは、彼女が自分の金を確信した瞬間でもあった。金を取らなければならないという重圧から一挙に解き放たれた瞬間なのである。これは、採点を待たずして、浅田真央やキムヨナにしかわからない確信みたいなものだろう。私は、浅田真央に金メダルを取ってほしかったと思っていたが、キムヨナの演技を見てキムヨナでも仕方がないなと思った瞬間でもあった。いろいろな競技の中で、今回くらい、世界の人たちが浅田真央が金でも銀でも心から喜び敬服の念を抱いたことはないのではないだろうか。

 私はサイモン・フレイザー大学に通うのにヘイスティング通りにあるコマーシャルというバス停から135番のバスに乗って通う。今回、オリンピックのフィギュアスケートが行われたのはこのヘイスティング通り沿いにある遊園地の裏手にあるパシフィック・コロシアムというところにある。正確には遊園地の手前にあるレンフルーストリートを左折して50メートルばかり行ったところにある。ヘイスティング通り沿いにある遊園地をもう少し行くと国道1号線を横切る。この国道1号線は、バンクーバー島を起点にして東海岸までカナダを横断していく国道であるが、陸続きではここが始まりになる。そう考えると国道1号線のそばにたたずむと感慨深いものがある。国道1号線をコケハラハイウエイというカナダで一番標高の高いところを通り抜けて5時間ほど車で行くとケロウナという街に辿り着く。ここは、オカナガン湖を中心としたフルーツの里でもある。サクランボや桃やブドウがなり、ワイナリーがたくさんある。

 この国道1号線を横切ってさらに進むとバウンダリーという道路にぶつかる。バウンダリーは境界線という意味だがどことどことの境界線かというとバンクーバー市とバーナビー市との境界なのである。実は、私達がバンクーバーと呼んでいるのは、正式にはグレイターバンクーバーと呼ばれているもので、十数の独立した行政区から成り立っているが、みんな一緒にバンクーバーと呼んでいることも多い。バンクーバーに行くのに一番初めにつく空港はリッチモンド市にある。オリンピックのスピードスケートをやるオーバルのあるところはリッチモンド市にあるが、だれもスピードスケートをリッチモンド市でやるとは言わない。みんな、バンクーバーでやると言うかバンクーバーの中のリッチモンドでやるというぐあいである。
 ヘイスティング通りとバウンダリーの交差点からバンクーバー市が良く見える。特に、夜景がきれいなところである。この交差点からバンクーバー市の方向に急な下り坂になっている。夜にここを車で乗せてもらったことがあるが、宝石のような輝きを放っている街の中にまっさかさまに落ちていく錯覚を起こした記憶がある。今回は、なんのことはない。バンクーバーの風景を語ってみた。
 


2010/03/01

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