・小学校外国語活動が始まって(2)

【英語ノートは教科書ではないが、指導要領を反映している】
 上で述べた実習生のような間違いを犯さないために「英語ノート」があります。 なぜなら、「英語ノート」は指導要領を反映しているからです。ただし、「英語ノート」は教科書ではありません。 ですから、英語ノートに沿って授業を進めたりする必要はありません。 また、英語ノートを教科書のように進んで、どれだけ覚えたかをテストしたりしてはいけません。 だから、自主教材をすでに使っている学校は自主教材を中心にやってもよいことになります。 しかし、英語ノートを無視していいということではありません。 なぜなら、英語ノートは学習指導要領に掲げられた外国語活動を具現化させたものだからです。 すでに自主教材を使っている学校は、それを中心にして英語ノートを補助として使うのが安全な方法です。 また、英語活動をそれほどやってこなかった学校や教材がない学校はそれをおおいに役立てればよいということになります。 英語ノートには、言葉だけでなく、ジェスチャーを使ったり、ゲームしたりして英語によるコミュニケーションの楽しさの体験を目的とした内容を含み、CDを使ってリスニングしたり、英語を話したりする工夫が取り入れられていますのでいろいろな利用法が考えられます。

【「英語ノート」の危険性】
 英語ノートを使う上での危険性は次の点です。 第一に、「英語ノート」を教科書代わりに使った場合に、それを最後まで終わらせないとならないとい思い込む教師が出てくることです。 英語ノートは、あくまでも指導要領の目標を達成するための手段として利用するためのものですから、全部をやる必要はなくて、学校で立てたカリキュラムに必要な部分を使えばよいのです。 第二は、逆に、時間が余ってしまい、本来やってはならない暗記や訳読、文法や語彙の解説を入れてしまい、英語活動がおろそかになることです。

2.中学校の英語教科書の作成の意識
 小学校に英語を導入することに対する長い議論を経て小学校外国語活動という妥協の産物が生まれました。 小学校外国語活動は、使用する言語は原則として英語ということなりましたが、英語教育を行うことを意味しておらず、教室という環境を使ってできる英語によるコミュニケーション活動をすることを意味しています。 それにしても、コミュニケーションを中心に捉えようと一生懸命になっているという点では、今後もこの方向を見失わないで欲しいと思います。 つまり、英語を私たちの社会の中で生きた存在として捉えることが、言葉を学ぶ上でとても大切なことだからです。
 小学校英語活動に対して中学校の英語は、一定の理論的背景を持った英語教育として存在しています。 しかし、中学校英語にはとても大きな問題を抱えています。それは、学習指導要領でコミュニケーション能力の育成を重視してきているにもかかわらず、教科書の根本的な編集方法がこれと矛盾した形で作られているからです。 中学校英語の中で教材を配列するときに用いられる理論的背景は、文法的な要素が簡単な文の構造から難しい文の構造へと配列されることを基本としています。 このため、通常のコミュニケーションでよく使われる基礎的表現に思われる文でも中学校英語の配列の仕方では、かなり学年を追わないと出てこないという実態になっています。 たとえば、We have been having beautiful weather these days.(このところいい天気です)という文は、かつて中学校の教材に入っていましたが授業時数削減とともに高校に移りました。 つまり、この文は日常生活で当たり前に使われていても、現在完了と進行形という二つの文法的要素が入っているため学習上高度な内容として位置づけられるので中学校では出してはならにことになったのです。 現在の中学校の教科書はずいぶんと工夫して作られていながらもやはり単元の学習目標とコミュニケーション活動が乖離した形でしか授業を構成できないでいます。
 中学英語で使われている文法は、言葉を分析するために使われる道具です。 言葉を分析することが誤りだとは言っているわけではありません。 物事の真理を探究したり学んだりするときに、分析によってその目的を達成できる自然科学のようなものもあれば、芸術のように総合的な感性によって価値判断したりするものもあるということです。 同じようにして、コミュニケーションは言葉を分析することではできるようにはなりません。 なぜなら、コミュニケーションは人間の総合的な行動の一つとして捉えていかなければ説明がつかないものだからです。 コミュニケーションは、人と人とが社会の中で生きていくうえに必要な行動です。 私は、ここではコミュニケーション活動を学習するために「語用論を基礎にしたカリキュラム」を提案します。 ここでいう「語用論を基礎としたカリキュラム」とは、学習者が社会を構成する一人であり、話し手になるときは社会の最小単位となり中心となる考え方に基づいたカリキュラムです。 したがって、このカリキュラムでは「基礎的表現」は社会の最小単位をなしている「自分=I」のことを相手やみんなに意思表示する表現から始まっています。 この意味では、今のところ、中学校英語はカリキュラムを構成している根本的理念から変えていかなければ、小学校外国語活動とはまったく別なものとして考えるべきなのです。 ただし、数年後には、小学校で英語活動をした子どもたちは中学校に入学し行きます。 このことも早急に話し合われなければなりない問題です。


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