・多文化共生社会は手品と同じ

言語学の立場から文化を考えると、多文化共生社会は論理的にはあり得ない。なぜなら、文化を社会・歴史・気候・風土と切り離して論じることができない以上、他国に上陸した瞬間から変容していくのが自然なことだからある。カナダも多文化主義を標榜する国の一つであるが、それは多文化主義という甘い響きで間違いなく存在する原住民や移民に対する差別をまるでないかのようにする手品を使っている。
 2000年から1年間バンクーバーに住む機会を得た。それ以来、バンクーバーにあるサイモン・フレイザー大学(SFU)の客員教授として7年間ほど日本との間を行き来していた関係でカナダの多文化主義と継承語1教育に興味を持ってきた。SFUのあるブリティシュコロンビア州は移民の制限をしていない州である。したがって、SFUのイギリス系カナダ人の教員は、「カナダは移民やマイノリティグループに寛大でいろいろな文化が共存する中でお互いが学びあい、それが我々の発展の新しい原動力を生み出す大きなエネルギーになっている」というカナダの多文化主義を標榜している人達が多い。しかし、住んでみるとどうもマイノリティグループや移民に対して寛大な社会だとは思われない。メイン・ヘイスティングという交差点付近には少なくても100人以上のホームレスがたむろしている。2010年2月に行われる冬季オリンピックに向けてこのホームレスをどこに隠すかを検討しているところであり、荒廃した付近の建物を急ピッチでリフォームしているところである。このことが移民やマイノリティグループを不当に扱っていることにはならないが、同じ人間をあのまま放置していていいのかという疑問が残る。

 カナダにあるカルガリー大学(アルバータ州)とSFU(ブリティシュコロンビア州)は北海道教育大学の協定校であり、学生交流を15年以上にわたって行ってきている。私の研究室に両大学の教員養成プログラムの学生が2カ月ずつ所属して教育実習を行ったことがある。2人とも中国系カナダ人でカナダに移住してから3代目であった。ところが、2人とも中国語は全く話せず完全な英語話者であった。この二人の言語の選択の仕方は、私にとっては衝撃的な事実であった。通常、歴史的にも国を越えても自分たちの子供たちに二つあるいはそれ以上の言語を身につけることに腐心してきたはずである。それが、子どもたちの幸せに通じると親は考えたからである。ところが、この二人にとっては、中国語と英語の両言語を話せることは決して本人に有利なことではないと考えたのである。つまり、継承語に対する社会的な差別が存在していることを証明している。Cumminns & Danesi(翻訳本1995, pp25-26)は、「国策として全国的に多文化教育が学校教育の中に導入されたにもかかわらず、制度上の差別が残存するため、生徒が継承語の力を伸ばす機会が妨げられている」と制度上の差別を助長する社会機構を次のようにあげている。
 ●ある州(例:オンタリオ州)では、継承語を授業の媒介語として使うことが法律で禁止されている。
 ●継承語教育を通常の学校の授業時間内に教えることへの法的制約がある。
 ●マイノリティ言語の児童・生徒の二言語使用や言語習得が、教育学部の教職課程や教育相談員が履修する大学院コースで取り上げらていない。 その結果、差別を助長する間違った考えが蔓延している。たとえば、家庭では英語なるべく使うようにとマイノリティ言語の親に学校教師がアドバイスしたりする。


まさに、私のところにきたカナダの中国系学生の例がこの実態を証明している。


この差別構造は、マイノリティ言語を母語とする児童・生徒の言語の発達に対する次のような誤解を与えているとCumminns & Danesi(翻訳本1995, pp25-26)は言っている。
 ●二言語使用はマイノリティ言語の児童・生徒の教育上、マイナスの影響を与える。
 ●過程で継承語を使用することは、英語習得と学力全体の向上の妨げとなる。
等などである。


以上のような実態があるにもかかわらず、イギリス系カナダ人やフランス系カナダ人は、アメリカと違ってカナダは移民や異文化に対して寛大であると思っている。しかし、事実は違っている。アメリカやイギリス・オーストラリアなどと同様にカナダにも先住民・黒人・アジア人に対して差別をしてきた歴史がある。Cumminns & Danesi(翻訳本1995, pp25-26)は、「第二次大戦後、イギリスとの結びつきが徐々に弱まり、大英帝国の事実上の消滅に伴って、どの程度カナダ人がアメリカ人と違ったアイデンティティを持っているかが不明瞭になった。トロパーによれば“多文化主義”がそのアイデンティティの空洞を埋め、その過程において移民への過去の扱いが神話化された」のだと言っている。
 そもそも多文化主義に対する定義は専門家の間でも定かではないが、その言葉には、罪深さが感じられる。私は、カナダを批判するつもりはない。少なくとも、私が住んでいたバンクーバーは大好きな街であり、私を受け入れてくれたSFUには心から感謝している。そうではなく、カナダの多文化主義の標榜は、多くの政治的スローガンに大義名分を与え人種の偏見の流れを覆い隠してきた罪深さに私の友人たちもそろそろ気が付くべきだと思うのである。




▲ページTOPへ