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Exchange Program at University of Alaska Fairbanks
Fairbanks, Alaska, USA

村木 菜美さん (Nami Muraki)  

国立大学法人北海道教育大学 職員
北海道教育大学教育学部札幌校 国際理解教育課程 H18年度卒

【佐藤吉文との関わり】佐藤ゼミの卒業生
【留学先】アメリカ アラスカ州 アラスカ大学フェアバンクス校/10ヶ月間

フェアバンクスは、世界で最もオーロラが見られる場所と言われています。
ピンクのオーロラを見られたときは感激しました!
アラスカといえばムース(ヘラジカ)が有名です。
よく、キャンパスにも出没していました。
レクリエーションとして受講した陶芸クラスでは,コースメイトと一緒に穴窯の番をしました。
英語でもANAGAMAという言葉が浸透していて驚きました。
私が住んでいたエリアの学生寮。
秋のキャンパスは紅葉がきれいでした。
アイスホッケーはとても人気で,ホームゲームはよく観戦しに行きました!
UAFは青と白のユニフォームです。
フェアバンクスから約20km離れたところにあるノースポールにはサンタクロースの家があります。
私が訪問したのは夏でしたが,サンタクロースが出迎えてくれました。

 

 佐藤先生のHPをご覧のみなさま、こんにちは! 佐藤ゼミ卒業生の村木といいます。
私は、大学の交換留学制度を利用して、アメリカ・アラスカ大学フェアバンクス校(UAF)に約10か月間留学しました。今回は、私の留学生活について紹介させていただきます。
 フェアバンクスに到着した日、さっそく寮に向かいました。諸々の手続きが終わり、6階にある自分の部屋に向かったところ、ドアに“Jed”という名前が書かれた貼り紙が…。有志で手伝ってくれていた学生がJedは男の子の名前だと教えてくれました。スタッフに確認しに行くと「Jedという女の子かもしれないから、もう一回見てきて」と言われ、念のためもう一度部屋に行きました。ノックしても反応がなく不在のようだったので、鍵でドアを開けたところ、女の子の部屋とは到底思えなかったので、Jed=男性と断定し、再度スタッフのところへ。すると、「ごめんなさい!あなたの部屋は隣だったわ!」と明るく言われ、問題は解決。日本だと、スタッフが申し訳なさそうに謝る姿が目に浮かびますが、アメリカは違いましたね。最初は違和感もありましたけど、慣れればそういうところも好きになりました。
 その後も、教室がどこかわからなくて迷子になったり、時刻表に載っているバス停がなかったり、スーパーでほしいものを見つけるのにも一苦労したり、小さな困難を乗り越えるたびに少しは成長できた気がして嬉しかったですし、楽しかったです。
 ちょっとしたハプニングで始まった私の留学生活ですが、周りの人たちの温かい支えのおかげで充実した10か月間を過ごすことができました。いつも英語の添削をしてくれた寮の友人。私が全問回答し終わるまでずっと待っていてくれた先生。一緒にテスト勉強してくれたコースメイト。自宅に招いて美味しい食事を作ってくれた日本人の奥さま。いつも私を気にかけてくれた食堂のおばさん。冬の寒さが厳しいときには寮の近くで降ろしてくれたバスの運転手さん。そして、日本から励ましてくれた家族、友人。留学の機会を与えてくれた大学の先生、職員さん…。
 私が留学で得られたのは、学問的知識はもちろんですが、異国の地に身を置くことで自分と異なる価値観に出会い、日本で普通と思われていることも、世界的に見れば必ずしも普通ではないということに気づけたことです。頭ではわかっていても、そのような状況を実際に体験するとでは理解度が全く違います。
私は今、大学職員として働いています。担当は財務なので、いわゆる「英語を使う仕事」ではありませんが、外国人の先生にお金に関する手続きの説明を英語ですることがあります。
留学というと語学の上達ばかり注目されがちですが、それよりも、自分と異なる考え方や価値観を知り、受け入れることのできる視野の広さや柔軟さを持てるようになることのほうが留学ならではの成果だと思います。
 留学は「何か」を得るための媒介なのだと思います。その「何か」を得られるかどうかは自分の努力次第ですし、「何か」の正体は自分の頑張りによって無限に広がっていくと思います。そう考えると、留学ってとっても魅力だと思いませんか?

 拙い文章ですが最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

最後に一言

学生のときにもっと海外に行っておけば良かった!という声をよく聞きます。
社会に出てしまうとなかなか機会がありません。
学生のみなさん、今がチャンスですよ。


2014年1月掲載

佐藤吉文からの一言

村木さんは、卒業後現在の国際課で働いてもらい、とてもお世話になりました。
卒業後も「村木!」という調子で指導教員風を吹かせていました。
実は、村木さんには、国際課の仕事でみんなとてもお世話になりました。
その後、北大の事務に移り、昨年、めでたく北教大に舞い戻ってきました。

村木さんの寄稿も含めて、皆さん、「え?それって留学前に私が君に言ったよね。」と的を射たコメントを書かれ、
嬉しくなってしまいます。

村木さん、まだまだ、チャンスはありますよ。

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